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朝鮮学校無償化停止について

先日、朝鮮学校無償化が停止されました。
この件について、数日間、悶々としています。

再度、自分の頭の中を整理するためにも、
なぜ朝鮮学校無償化除外が問題なのかについて、ここに書くことにします。

まず、この間の経緯をたどりましょう。

高校無償化法は、
昨今の不況下で高校を辞退し働かざるをえない子どもたちが激増している中、
子どもの教育権を守るため、民主党の目玉政策として掲げられました。
そして、国会審議を経て3月末に成立、4月1日施行されました。

この法律によって、公立高校は無料、私立高校にも同等の金額を就学援助金として援助することが決まりました。私立学校には、外国人学校や各種学校も含まれます。
しかし、朝鮮学校に関しては除外するべきだとする意見が強いということで、
専門家による会議で別途検討、一旦保留になりました。

当初、8月中には結果が出るということでしたが、
反対派の圧力が強く、議論はなかなか収集しませんでした。
特に産経新聞などは、非常に強い論調で除外を訴えていました。

しかし、結果的には、論理的に朝鮮学校だけを除外することができず、
11月5日、ようやく朝鮮学校の無償化が決まりました。
正確には、無償化の学校適用基準というのが定められ、
朝鮮学校もそこに該当するということになったのです。

その適用基準とは、
(1)修業年数3年以上(2)年間授業時間800時間以上(3)校舎面積(定員200人の場合)600平方メートル以上(4)教員数(同)6人以上--など。年間指導計画、財産目録、学級編成表など13の書類を添付して11月30日までに文科省に申請、専門家会議の審査を経たうえで高木文科相が指定する。
というものです。

無償化が決まるまで、全国の朝鮮学校で、
公開授業や日本の学校との交流行事が行われました。
朝鮮学校が閉鎖的で何を教えているかわからないという声に応え、
学校関係者はもちろん保護者もふくめ、様々な取り組みがなされました。

そうした積み重ねを経ての無償化決定で、多くの在日が胸をなでおろしたところ、
3週間も絶たない間に、今回の砲撃事件。
日本政府は、朝鮮学校の無償化の手続き政府を停止させる、と発表しました。

何カ月もかけて議論してきたことや朝鮮学校が公開授業を行ってきた積み重ねを
無視し、単に外交的理由から、朝鮮学校に通う子どもの権利を奪いました。

考えてみて下さい。
朝鮮学校が、「共和国の砲撃を支持します」などという声明を出したのでしょうか?

今回の政府の対応は、
あたかも砲撃事件と朝鮮学校とが関わりがあるかのような偏見を植え付け、
「あいつらは危ないから権利を奪ってもよい」という態度を国民に示しました。
これは、国家による異民族迫害だと思いませんか?

そもそも、なぜ在日コリアンが、朝鮮学校を各地に作ることになったのでしょうか。
それは、日本政府や日本社会が、終戦後も日本に残らざるを得なかった朝鮮人に対し
相変わらず差別と迫害を続けたからで、
朝鮮人たちは自分たちのコミュニティがないと生きていけない状況があったからです。

学校というのは、子どもたちにとっては、社会です。それがすべてです。
そこで子どもがいじめられたり、自分を否定されたりすることは、
親にとっても、当然避けたいことです。ですから、差別体験のある親たちは
子どもはウリハッキョ(私たちの学校=朝鮮学校)に通わせたい、と強く願うわけです。

朝鮮学校の成立が、北朝鮮が創ったものでないことは言うまでもないと思いますが、
念のため簡単に説明すると、以下の通りです。

朝鮮学校は、植民地支配によって奪われた言葉や名前やアイデンティティを取り戻すために、在日コリアンが自主的に創った学校です。最初は寺子屋のようなものでしたが、
そうした取り組みは、全国的に広がりました。

その後、祖国が分断されることになり、在日の民族教育を支援したのは、韓国政府ではなく北朝鮮政府でした。北朝鮮は「在日朝鮮人は海外公民である」と宣言、つまり我々の同胞であると高らかに謳いました。その言葉に救われ、多くの人が北朝鮮こそが我が祖国と感じたわけです。

そういうわけで、北朝鮮式の教育内容が色濃くなりました。しかしながら、だからといってそこへ通っている子どもたちが北朝鮮をあるいは金正日を崇拝しているかといえば、そうではありません。朝鮮学校の子供たちも日本のTVやメディアを見ています。普通に考えて、崇拝するはずありません。

朝鮮学校の存在意義は、在日コリアンが、ありのままに、在日であることについて
否定することなく普通に暮らせる教育環境が保障されているということです。

私は、本来、日本政府が、戦後補償的観点からも、
在日コリアンの民族的アイデンティティを守る教育環境を保障するべきだと考えています。
しかし、政府はこれまでずっと無施策を取り続け、
今回に至っては、時勢に乗じて朝鮮学校を排除しようとしているのです。

ところで、
「朝鮮学校を無償化すれば日本国民の税金が北朝鮮に渡ってしまうから反対だ」
などという意見がありますが、それは間違っています。
高校無償化法は、基本的に、学校への支援金ではなく、生徒への支援金です。
また、税金を払っているのは日本国民だけではありません。我々もです。

さらに、日本は「子どもの権利条約」を批准しています。
その第8条(身元保全)-1では、
1 締約国は、児童が法律によって認められた国籍、氏名及び家族関係を含むその身元関係事項について不法に干渉されることなく保持する権利を尊重することを約束する。

第30条(少数民族の権利)では、
 種族的、宗教的若しくは言語的少数民族又は原住民である者が存在する国において、当該少数民族に属し又は原住民である児童は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない。

となっており、日本政府は、自国に住む民族的マイノリティに対し、その国籍や名前(第8条)、言語や文化(第30条)を保持する権利を尊重することを約束しているわけです。

こういった点からも、日本政府は在日コリアンの民族教育を尊重するべき立場にあります。

さて、朝鮮学校が無償化から除外されたらどうなるのでしょうか?

この不況下で影響を受けているのは日本人だけではありません。
在日もまた(在日のほうがより一層)、経済苦で子どもの教育費に悩んでいます。
なんとかしてウリハッキョに通わせたい。でも学費のめどがたたない。
そうなれば、やむをえず、日本の学校を選ぶでしょう。

もしそこで、いじめにあったら?
日本政府は、その場合の対策まで考えているでしょうか?

いじめとまで行かずとも、
99年の国旗国歌法成立以来、日の丸や君が代の強制が厳しくなっている日本の学校において、在日が息苦しさを感じずに過ごせると、言い切れますか?

ちなみに私は、日本の学校で育ちました。
いじめにあったことはありませんでしたが、それは日本の名前を使っていたからでしょう。
しかし私はいつも、日本人であることが前提とされている教科書や教育内容に対し、
幼いながらも違和感を覚えていました。一方で、韓国や朝鮮は、もっと遠い存在でした。私は一体何者なのか?私の居場所はどこなのか?と悩んだ、孤独な日々がありました。
在日が自分の存在をまっすぐに見つめ、それを肯定するためには
なんらかの教育プログラムが必要です。

日本政府は、今回の砲撃事件を受けて、
在日コリアンへの差別や迫害を防ぐような政策を積極的にとるべきでした。
外交面で弱腰と批難され、何らかのアピールをせまられた結果であることはわかりますが
外交的に全く効果のない選択であり、国内世論へのポーズでしかないことは明らかです。

どうか一刻も早く、朝鮮学校無償化手続きが再開されるよう、
文科省へ働きかけるなど、皆さんのできることを考えて頂けるよう、お願い致します。
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by hwaja_piccolo | 2010-11-28 02:03 | 2010-2012の記事

在日コリアンやマイノリティの人権など。


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