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カーネーションから戦争を考える。

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最近の私の楽しみは、NHKの朝の連続ドラマ「カーネーション」。
主演・尾野真千子の演技力もさることながら、何より感心させられるのは、脚本の面白さだ。
登場人物の設定から一つひとつの台詞まわしまで、細部にわたって工夫が凝らされており、
これまでの連ドラの固定観念を超えた、一つの芸術作品に仕上がっている。

私は先日、その舞台となっている岸和田を訪れた。写真はコチラ。
私が住んでいる堺と岸和田は、南海電車で約30分ほどの近距離なのだが、
学区が違うせいか余り縁が無く、これまで岸和田について知る機会は殆どなかった。
そこで行く前に下調べをしようとネットで検索したら、偶然とても興味深いページを見つけた。
この記事【1】【2】は、岸和田図書館の職員の方が本の紹介を目的として書かれたものだが、
大正・昭和時代の岸和田の女性史が、非常によくわかる形でまとめられているので、
ぜひ多くの人に読んでほしい。山岡春による廃娼運動、女性の社会参画と愛国運動への加担、
紡績工場の朝鮮人女工の苦難など、多くの文献をもとに、時代を追って書かれている。
カーネーションでも「銃後の女」を唱え主人公の商売をやめさせようとする「国防婦人会」の女性たちが
登場したが、彼女たちは、まさにこうした歴史の中にあったのだ。
私は今回、この文章を書いた司書の方にぜひ会いたいと思い、岸和田駅に着くとまず、図書館を訪れた。
2階の「岸和田再発見コーナー」のすぐ横に、職員の方が机を並べて仕事をされておられたので
思い切って話しかけてみた。すると、私が話しかけた男性が、まさに記事を書かれた職員さんだった。
曰く「だんじり以外にも岸和田の歴史や魅力を知ってほしい」との思いで
昨年より「岸和田再発見コーナー」を設置、そして秋からカーネーションの放送にあわせて、
女性史に関連する本を集めて紹介しているとのことだ。
立ち話で様々な興味深い話を聞いたが、印象的だったのは、国防婦人会に関連して、
「“善意”で行う奉仕活動がやがて国家に絡めとられていく危険性を、
今を生きる私たちも自覚しなければならない」との言葉だった。

岸和田図書館では3/10、下記のような企画も予定している。
3/10(土)14:00~「戦時下の市民生活とだんじり祭り」
講師:横山篤夫氏(元・岸和田高校教諭、関西大学非常勤講師)


さて、「岸和田再発見コーナー」ではカーネーションの小篠綾子の著作から、
前述したような女性史にまつわる本まで、様々な文献が紹介されているのだが、
私は岸和田紡績の朝鮮人労働者について書かれた、金賛汀著『朝鮮人女工のうた』を読んでみた。
岸和田紡績については少し聞いたことはあったが、労働争議のことは全く知らず、
実際に読んでみると、目から鱗の連続だった。
岸和田紡績で朝鮮人が働き始めたのは1918年頃だが、早くも1922年に春木で労働争議が起きており、
以降、何度も抵抗運動が起きている。
そして1930年に起きた最も大きな労働争議は、何と私が住んでいる堺の七道や三宝地域(大和川周辺)
が現場となっていた。工場から脱出してストを起こした女工たちが籠城していたのが、
この地域にあった労働組合の宿舎だったのだ。
堺には岸和田紡績の分工場があり、また大きな労働組合も存在した。
1930年は、世界恐慌による急激な賃金値下げが起き、日本の労働組合は積極的に運動を展開した。
このストライキは、女工たちが自主的な「夜学」によって権利意識を向上させ立ち上がっていった側面と、
日本の労働組合が、当時最も底辺におかれていた朝鮮人女工たちを積極的にオルグし、
その“怒りのエネルギー”を利用して運動を激化させた側面があったという。
しかも最終的に警察の拷問により犠牲を強いられたのは、朝鮮人女性であった。

ちなみに岸和田紡績で働く女工たちの8割は地元以外の出身で、
被差別部落や沖縄出身者、朝鮮人であった(全体の約2割が朝鮮人)。
安価な労働力を確保するため、そうした地域に絶えず募集人が配置され、
ときに騙言や暴力をともないながら、募集活動を行っていた。
こういう話をすると「強制連行ではなく自由募集なのだから問題ないのではないか」
という意見が必ず出てくるが、経済格差を利用して過酷な労働現場に引き込み、
利潤追求の為に徹底して人間を酷使するという体制、またそれを支える思想そのものが問題であり、
それを問う視点が無い限り、今日本で働く外国人労働者たちも、
根本的にはずっと同じ状況が続くことになるだろう。

私は、岸和田紡績跡地(現・寺田紡績)を訪れてみた。
赤レンガの大きな建物はそのまま現存しており、タイムスリップしたような感覚に襲われた。
その周りを一周した後、紀州街道を歩き、
当時「朝鮮町」と呼ばれていたという並松町(ちなみに小篠綾子が実際に不倫相手と暮らしていた町)を通り、
最後に下野町にある共同墓地に立ち寄った。
そこには誰のものか不明のお墓がたくさん有り、
ひょっとしてこの中に朝鮮人女工がいるかもしれないとの思いでお参りしてきた。
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もちろん、ドラマに関連するところもしっかり回ってきた。
コシノ洋装店はもちろんのこと、その向かいの履物屋、NHKギャラリー、
そして木之本のおっちゃんのアメリカ衣料の店、
また奈津の料亭のモデルとされる五風荘(下記写真。がんこ寿司が入っており、昼食を取った)。
そして岸和田城、だんじり会館。

南海旅行社がこのようなツアーも組み始めたようで、カーネーションファンの方はぜひ、岸和田へ小旅行してみてはどうだろう。
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冒頭、カーネーションの魅力は脚本にあると書いたが、特にそう感じるのは戦争の描き方だ。
戦争の悲惨さを最も体現しているのが、“勘助”という脚本家オリジナルの登場人物だが、
彼は主人公とは対照的な、繊細な心の持ち主で、戦地で精神を奪われ帰還し、
戦争末期、再度招集されて、戦地で死亡する。
その母は、息子を奪われたショックで戦後も長く病むことになる。
主人公が関わりを続ける中で、やがて再起するのだが、彼女が死ぬ前に言う台詞が凄い。
「私はずっと、うちの子は戦地で、相当酷いことを“やられた”んやと思ってた。
でもな、あの子は“やった”んやな。」
TVで日本軍についてのドキュメンタリーを見て、初めて本当のことがわかったのだと、彼女は言う。
被害者としての戦争観から加害者への転換。日本のTVドラマでこうした視点で描かれたものは珍しい。
行きたくもない戦争に駆り出され、そして生身の人間を殺してしまったという事実。
その事実こそが、勘助を苦しめていたということ。
戦争とは、このように罪の無い人間を加害者にしてしまうものなのだ。

最近、「南京大虐殺はなかった」とか、
「世界には自らの命を落としてでも難題に立ち向かうべき事態がある」などと言い憲法9条改正を
訴える政治家が、
主要都市の首長となり多くの国民の支持を得ている事態は、極めて危ない状況だと私は感じる。

過去の戦争をどう見るのか。
ぜひカーネーションブームを機に、多くの人に考えてもらいたい。
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by hwaja_piccolo | 2012-03-02 00:19 | 2010-2012の記事

在日コリアンやマイノリティの人権など。


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